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最高裁判所第一小法廷 昭和30年(あ)1983号 決定

主文

本件上告を棄却する。

当審における未決勾留日数中一〇〇日を本刑に算入する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人菅野次郎の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であり、被告人本人の上告趣意は、事実誤認、量刑不当の主張であって、すべて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。そして、本件のように被告人が旅館に宿泊し、普通に旅館が旅客に提供するその所有の丹前、浴衣を着、帯をしめ、下駄をはいたままの状態で外出しても、その丹前等の所持は所有者である旅館に存するものと解するを相当とするから、原判決には刑訴四一一条一、二号の法令違反、事実誤認も認められない。

よって、同四一四条、三八六条一項三号、一八一条、刑法二一条により、主文のとおり決定する。

この決定は、事実誤認、法令違反の点につき裁判官斎藤悠輔の反対意見あるを除くほか、裁判官一致の意見によるものである。

裁判官斎藤悠輔の反対意見は、次のとおりである。

原判決は、「右証拠によれば、被告人がその宿泊料の支払ができないため、「ちょっと手紙を出してくる」といって偽り同旅館の丹前を着、下駄をはいて出たまま一週間余りも同旅館へは立帰えらず、又その間旅館へは十分その連絡ができたものと思われるのに、何等の連絡もとらずに……そのまま放置して顧みなかったことが明らかである云々」と説示している。従って、原判決は、本件第一審判決の判示第六の旅館新松葉における窃盗の目的物である丹前、浴衣、帯、下駄等は被告人が同旅館の承諾の下に借受けて着用したものと認定したものであること明白である。そして、かような場合には旅館に民法上の占有権は依然として存在するかも知れないが、刑法上の所持は専ら被告人に存するものと解するを相当とする。従って、仮りに、原判決の認めたように被告人に不法領得の意思があって右物件を旅館に返還しなかったとしても、旅館の所持を侵奪したものといえないから、横領罪を構成することあるは格別窃盗罪の成立を肯定することはできない。それ故、原判決には法令違反があって、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと考える。

しかのみならず、原判決が本件において弁護人並びに被告人の主張を是認したごとく、本件窃盗の目的物である丹前等の時価は合計五千参百円相当であるにもかかわらず、旅館に遺留した洋服、靴等の時価は約一万八千五百円であるというのであるから、原判決のいうように右洋服等が増田竹夫から騙取したものであるとしても、右丹前等につき不法領得の意思を肯定することは吾人の経験則に反し事実誤認たるを免れない。この点からいっても原判決は破棄すべきである。

(裁判長裁判官 斎藤悠輔 裁判官 真野毅 裁判官 岩松三郎 裁判官 入江俊郎)

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